神野卓哉のオフィシャルブログがOPENしました。
今までこちらのブログをご愛読頂きありがとうございました。
これからは、オンゼのホームページともども 新しい神野卓哉オフィシャルブログを宜しくお願いします。
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昨日のなでしこジャパンの活躍は本当にすばらしかったですね!
最後まであきらめない戦う姿勢、精神!それが優勝という結果に結びついたのだと思います。
その選手達の気持ちが皆さんにも伝わったのではないでしょうか。
私は試合が終了するとともに自然と涙が溢れてきました!
子供達にはパパが泣いてると突っ込まれました(笑)
本当に日本中に勇気を与えてくれました、ありがとう!
私も頑張らねば!!!
男子もいつの日にか、W-CUPを手にしてほしい!!
3 Comments »私の修徳サッカー部3年間の中で向笠先生にまつわる一番の思いでは何かと考えてみました。
色々ありましたが、ひとつ。
最初の出会いを境にして私もバスに乗り、
専用グラウンドに連れて行ってもらえるようになりました。
どこかの練習試合でチャンスをいただきチャンスをものにしたのでしょう!
(覚えていないのですが)
関東大会に出場していた修徳は、
インターハイ予選をベスト8から出場していたと記憶しています。
私は、準決勝の暁星高校戦に出場し勝利に貢献?したようなしないような。。。。(記憶あいまい)
そしていよいよ決勝戦、対するは全国制覇数度の帝京高校。
決勝戦のことは、ある程度覚えています!
なにせ対戦相手は、セレクションで箸にも棒にも掛けてもらえなかった帝京高校ですから。。
当時の帝京高校は、ひとつ上に磯貝さんや本田さんなど有名な方たちばかりでした。
私は左のFWでスタメン出場。場所は国立(くにたち)の桐朋学園グラウンド。
1年生の私は正直何も考えずに、足だけは速かったのでドリブル突破ばかりしていましたが、
そんな時に、絶好のチャンスが訪れました。
左サイドをドリブルで突破し、ペナに差し掛かったところで思い切ってシュート!
それが見事ではありませんでしたが、逆サイドネットに入りゴール!
そのゴールで1-0の勝利、優勝が決まりました。
そのように出来過ぎのデビューを果たした私に対し、
先生は、時に厳しく、時にやさしく、アドバイスをしてくださいました。
一番印象深い言葉は、私が少し壁というか悩んでいたというか調子が悪かったときだと思います。
帝京高校の選手を見ても全国に行ってもテクニックのある選手や、
凄い選手が沢山いましたので、自分には何もないし自信が持てなかった私は、
少し悩んでいました。
そんな時、先生から『テクニックだけでスケールの小さい選手なんかになるなよ、
スケールの大きな選手になれ!』と言われた事を覚えています。
それをきっかけに、自信をもてるようになりU-17の代表にも呼ばれるようになったのも、
この時期からでした。
このように、常に選手と向き合い見て下さっていたからこそ、
的確なタイミングでアドバイスが出来たのでしょう。
本当に向笠先生がいなかったら、プロになれなかったと思います。
厳しかった思い出の方が沢山記憶にあるのですが、やさしい方をお届けしました(笑)
また、機会があれば厳しい思い出をご紹介いたします。
私がここまでサッカーの世界で生きてこれたのも、
昨年度限りで修徳高校を定年退職された向笠先生のおかげであります!
38年間本当にお疲れ様でした。
私が始めて向笠先生とお会いしたのは、中学3年の2学期だと記憶している。
中学まで全くの無名選手だった私ですが、
どうしてもお正月に開催する全国高校サッカー選手権大会に出場したいという気持ちから、
無謀にも帝京高校のセレクションに参加した。
当時のU16日本代表の選手や埼玉選抜の選手など有名な人ばかりで、
相手にもされない感じだったですけどw
そんなときに、修徳の練習に参加させてもらえる機会がありその時だと思う。
(なぜ参加出来たのかは忘れてしまいましたが・・・)
第一印象は、怖いの一言ですw
私が入学した年の進入部員は、
初めて修徳が選手権に出場した年だったため(北澤さんが2年時)200人くらいだった!
狭いグラウンドで200人以上が練習?見たいな事をしていたかな。。
しかし、修徳にはサッカー部専用のグラウンドが校外にあり、
レギュラークラスは先生の運転するバスで移動し練習をしていたのだが、
我々一般の進入部員はそのバスに乗れるはずも無く、校庭で練習みたいなことをしていた。。
しかも、コーチも居ない状況で・・
そんな1年生でも何人かはバスに乗り練習に行く者もいて、
本当に羨ましく悔しく、見送っていた!
しかし、日曜日になると全員が専用グラウンドに集まり練習を行うことが出来たので、
そのときばかりと張り切って練習をしていたような気が!
そんな状況の中、私を見てくださっていたのか、
じんのーとあの少しかすれたような大きな怖い声で初めて呼んでもらい、
目の前に行ったときこそ私にとっては本当の意味での出会いでした。
その光景はいまでも鮮明に覚えているのですが、内容は緊張?のため全く覚えていないw
次回は、3年間の思い出やエピソードなど少しづつお伝えします!
16年前のこの日は、忘れることのできない日となりました。
それは、マリノスから当時JFL(現在のJ2)のヴィッセル神戸からオファーを受けた年であるからです。
話は少し戻り年が明ける前の年のリーグ最終戦も終えていないある日、
突然なぞの日本語を話す外国人から電話が届きました。
それは、バクスターの息子でもありサンフレッチェの選手でもあったリー・バクスターでした!!
片言の日本語で、お父さんがあなたのことを好きです!みたいな(笑)
そして、次節の試合の後会いたいとのことでした。
マリノスは次節名古屋と試合だったのか、サンフレッチェが名古屋だったのか記憶は定かではありませんが、
名古屋でバクスターとホテルのレストランで食事をすることになりました。
そこで、話した内容はサッカーとは何かということと、あなたは才能に溢れているのにサッカーを教わっていないから、
私がその才能を開花させ日本でもトップクラスのストライカーにしてやる!という内容でした。
今でもその光景を忘れていません。本当にうれしい言葉でした。。
その後、神戸の強化部長(現在ヴィッセルの会長?の安達さん)と何度かやりとりを交わし、
電話で移籍をする決断をした旨報告しました。
安達さんは、ヨーロッパに出張に出てしまうとのことだったので、
契約に関しては、引っ越す部屋を決めてその後、トレーニングが始まる前に交わすことになり、
1月15日に神戸に入り部屋を先に探すことにしました。
部屋は今の妻と二人で観光も兼ね、西神ニュータウンを中心に探しとてもきれいなところを見つけました。
そこで、妻が不動産屋さんへ関西は地震がないと言われているが本当にないのか?と・・・
不動産屋さんは、絶対にありません!なんて会話をしてそれはそのときには流していましたけれど。。。それが・・・
結局そこに決めはしたものの、不動産屋さんが契約はFAXで良いとか何とか(記憶あいまい)で契約せずに帰京することに。
その日が16日、西神中央駅から新神戸に着くと、関が原で大雪新幹線がかなり遅れていると・・
その日、横浜で行きつけの焼肉屋のオヤジが送別会を行ってくれる予定になったいましたが、
新幹線が遅れているのでもう一泊してから帰るとオヤジへ電話を入れました。
そうしたら、バカヤロー!俺が時間空けてるのにドタキャンなんかありえねーだろー(怒)と電話の向こうで・・・
仕方なく帰ることに。。。
楽しく送別会を終え酔っ払い寝床に・・・・
そうしたら、埼玉に住む妹から朝早く電話が。。
お兄ちゃんどこにいるの?
大丈夫?と、
私は寝ぼけているのと、少しお酒が残っているので訳がわからなかったのですが、
家に電話してるんだから、家にいますけど!見たなやり取りをしたのを覚えています。
そして、テレビをつけてみろと言われ、つけてびっくりでした。
眠気もお酒も血の気も一気に引いていくのをはっきりと覚えています。
なんと言って良いのか分かりません、その時に亡くなった方々へご冥福をお祈りいたします。
もうひとつこの日は忘れられない理由が・・・妻の誕生日でもあります!
そして、その年は神戸移籍を断念し、マリノスでのリーグ優勝を経験することができました。。。
1月8日(土)伊勢原市の成瀬サッカー少年団の40周年記念サッカー教室に招かれ参加させてもらいました。
その日は、快晴でとても暖かく正にサッカー教室日和な一日でした。
私以外にも、スポーツコメンテイターの中西哲生氏や,
元マリノスや甲府でプレー経験のある吉田悟氏、
また、ヴェルディや横浜FCでプレーし、
成瀬サッカー少年団OBでもある重田征紀氏とプロ経験者四人で、
サッカー教室を行いました。。。

メインコーチは、中西氏!
まず子供達に伝えていたことは、
あいさつやお礼をしっかりと相手の目を見てすることの大切さを伝えていました!
これは、当たり前のようで社会にはできていない人も!
成瀬のこどもたちは元気にあいさつが出来ていたので問題なしです。。
そしていよいよサッカー教室です。
グランパス時代のベンゲル監督からやヨーロッパで勉強した理論の下約1時間半、
子供達と楽しくボールを蹴りました。
リフティングをするときやドリブルといったボールを扱う時にはリズムの大切さを教え、
それを聞いた後には、子供達が今まで以上に上手に出来るようになり、
哲生氏の教え方はとてもすばらしかったです!
そんな中、私が興味をもったことは、
コントロールの時に少しジャンプしてから受けると簡単にボールが止まるという理論、
確かに子供達は上手になったし、
世界で戦うにはヨーロッパのようなやわらかいピッチではその方法が効果的であること、
そして、なにより世界に目を向けた指導には驚かされました!
今回は、オンゼとしてのサッカー教室は初めて行いましたが,
とても楽しく行うことが出来たのも成瀬サッカー少年団の関係者の方々のおかげです。
この場をかりお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。また、40周年おめでとうございます。
オンゼサッカー教室は、中西哲生(オンゼアドバイザー)をはじめ元プロ選手をアレンジして行います。
ご興味のある方は、是非ご相談ください。
お問い合わせフォームよりお願いします。
選手会による代表戦の報酬増額と肖像権料の選手への分配を求めているという記事を読んだ。。
JリーグやJクラブ、そして選手の立場とそれぞれの立場で言い分はあるとは思うが、
ここでは、元選手の立場から考えてみました。
私が日産自動車サッカー部(マリノス)のころ、
U-23代表に選ばれ合宿や海外に強化遠征に行く機会が多々あった。
今でこそ、日本協会は大きな組織でしっかりしていますが、
その当時(20年近く前)は、まだそんなに大きな組織ではなかったと記憶している、
そのような組織では、リーグ戦があってもお構いなしに代表のスケジュールが組まれていた。
それは何を意味するかというと、日産で試合に出場できていた私は、
代表には行かずに残って試合に出場したほうが、勝利給などで報酬を得られたのです。
しかし、辞退は許してもらえませんでした。
そのことは仕方がないという気持ちでしたが、U-23が当時のカップ戦ナビスコカップ?
に出場することが決まった時にはさすがに、
勝利給がないとおかしいと思い柱谷(哲)さんに相談した覚えがあります。
結果的には、出場給は出ませんでしたが勝利給10万円がもらえることになりました。
それが20年近く前の話ですから、現在は10倍以上くらいになっていると思っていた私は、
新聞記事を読んでびっくり、その当時とあまり変わらないではありませんか!!
それを思えば今回のJPFAの主張は私は仕方のないことではないかと思います。
あくまでも、全体の話を全て知っているわけではないので一部の記事を読んでの元選手としての意見です。
強化部長や他のフロントの意見としては全く違う意見になるかもですが(笑)
ただ、あまりこのような記事がでて子供達がプロサッカー選手に対して、
魅力を感じなくなったり、目指さなくなるようなことにはならないで欲しいと願います。
こんにちは!
そういえば指導実践テストのテーマですがカウンター攻撃の改善を行いました。
これって、カウンターの定義ってなに?という感じですが、ここJFAでのカウンターとは!!
リトリート(自陣ゴール前まで引く)して相手を高い位置まで引き込んでボールを奪い、
空いている裏のスペースを早い切り替えから攻撃するという事であります。。。
それを、S2Sで作成すると全体図はこんな感じになります!
※画像をクリックすると拡大されます!
作成時間は約5分!それをしっかり蓄積できます。
練習メニューを拡大したものはこんな感じです。
オーガナイズやキーファクターはこんな感じです。
こんな感じで、A級の指導実践テストをやりました!
3-3-2プラスGKの9対9で行いました。
一日目に飲みすぎて、
二日目は指導実践でボロボロだし、
8月に肉離れをしてからは全く身体を動かしていなかったのでプレーは40歳の普通のオジサン(涙)
そして、一日目に軽くボールを使ったフィジカルトレーニングのセッションがありその影響で筋肉痛だし、
前日?4時半まで飲んでいた影響で眠いし、本当につらい二日目でした。。
そんな中でも、指導の実践をやらない時には選手役としてプレーをしなくてはいけないのですが、
身体が動かないとはいえ、やはりプレーするのは楽しかったですね!
しかも、レベルの高い人が集まっていたので!!!
スケジュールがまたハードなんです!!
【スケジュール例】
7:00~ 朝食
8:30~ 指導実践(一人15分程度のセッション)
12:30~ 昼食
14:00~ 講義or指導実践
18:00~ 夕食
20:00~ 講義1時間から2時間
1週間の間にテストが3つ(口答試験、指導実践テスト、筆記試験)ありました。
その中でも一番重要なものは、指導実践テストでした。
このテストは、最終日の前日と前々日に一人15分から20分一回行います。
私は最終日前日の午前中の6番目、5人目が終わった段階で数人と話をしてから皆さんを集合させて、
いざスタート!しかし、緊張のせいなのかオーガナイズ(トレーニングのピッチサイズ)
を自分のサイズにすることを忘れていたため、皆さんで直していただきいざスタート!
ある程度、伝えたいことが伝えられて良いトレーニングになっていきました!(主観)
しかし、上手く出来てきたと思ってふと反対側のゴールを見たとき、
インストラクターが私のテーマでは、縦の長さを正規の距離にしなくてはいけないと言っていたにもかかわらず、
ペナルティーエリアにあったのです。(私の前のセッションのまま)
その時に、残り時間は何分あるのか借りた腕時計(自宅へ忘れていました)を見てまたまた愕然と!!
ストップウォッチを押すのを忘れていて残り時間が分からない・・・
何とか上手く良いタイミングで直すことが出来ましたが、そのようなアクシデントにもしっかり対応できなければ、
良い指導者になれないのだと、実感した実践テストでした。。
口答試験、筆記テストに関しては、少し頭にキーワードを入れて望みましたが、
何とかできたのではないでしょうか!
すべての日程を終えて、閉会をしたあとに一人ひとり呼ばれて合否を伝えられます。
私の前に何人かいたのですが、どのように伝えられたかを確認したところ、
最初に合否を伝えられ、その後にどのような評価なのか5分くらいで説明を受けるとの事、
いよいよ私の順番が回って来ました。
最初に合否を言ってくれると思いきや、まず実践テストの感想はと聞かれそこからのスタート。
そして、実践テストの評価から。。。
ある程度伝えなけらばならない事は伝えていたけど・・・という話!
まさか、不合格なのと思いかなり緊張して話を聞いていたら、合格ですと最後に。。。
心臓に悪いですよーーな合格発表でした。。