2011.04.08 : 恩師②言葉

私の修徳サッカー部3年間の中で向笠先生にまつわる一番の思いでは何かと考えてみました。
色々ありましたが、ひとつ。

最初の出会いを境にして私もバスに乗り、
専用グラウンドに連れて行ってもらえるようになりました。
どこかの練習試合でチャンスをいただきチャンスをものにしたのでしょう!
(覚えていないのですが)

関東大会に出場していた修徳は、
インターハイ予選をベスト8から出場していたと記憶しています。
私は、準決勝の暁星高校戦に出場し勝利に貢献?したようなしないような。。。。(記憶あいまい)

そしていよいよ決勝戦、対するは全国制覇数度の帝京高校。

決勝戦のことは、ある程度覚えています!
なにせ対戦相手は、セレクションで箸にも棒にも掛けてもらえなかった帝京高校ですから。。
当時の帝京高校は、ひとつ上に磯貝さんや本田さんなど有名な方たちばかりでした。

私は左のFWでスタメン出場。場所は国立(くにたち)の桐朋学園グラウンド。
1年生の私は正直何も考えずに、足だけは速かったのでドリブル突破ばかりしていましたが、
そんな時に、絶好のチャンスが訪れました。
左サイドをドリブルで突破し、ペナに差し掛かったところで思い切ってシュート!
それが見事ではありませんでしたが、逆サイドネットに入りゴール!
そのゴールで1-0の勝利、優勝が決まりました。

そのように出来過ぎのデビューを果たした私に対し、
先生は、時に厳しく、時にやさしく、アドバイスをしてくださいました。

一番印象深い言葉は、私が少し壁というか悩んでいたというか調子が悪かったときだと思います。
帝京高校の選手を見ても全国に行ってもテクニックのある選手や、
凄い選手が沢山いましたので、自分には何もないし自信が持てなかった私は、
少し悩んでいました。
そんな時、先生から『テクニックだけでスケールの小さい選手なんかになるなよ、
スケールの大きな選手になれ!』と言われた事を覚えています。

それをきっかけに、自信をもてるようになりU-17の代表にも呼ばれるようになったのも、
この時期からでした。

このように、常に選手と向き合い見て下さっていたからこそ、
的確なタイミングでアドバイスが出来たのでしょう。
本当に向笠先生がいなかったら、プロになれなかったと思います。
厳しかった思い出の方が沢山記憶にあるのですが、やさしい方をお届けしました(笑)

また、機会があれば厳しい思い出をご紹介いたします。


この記事にコメントする